アメリカ人から見たお定飯

 先日、覚成寺にアメリカからお客さんがいらっしゃいました。岐阜に来る前に京都を訪れ、観光地のお寺を巡ってきた彼女は、「普通のお寺は、普段はどんな仕事をしているのですか?」と尋ねられました。「亡くなられた信徒さんのご命日に、その方々のお宅を戸別に訪問して、お経を読ませていただいています。」とお答えすると、「アメリカ(キリスト教)では、毎週教会に集う習慣がありますが、お定飯のような習慣はありません。素晴らしいことですね。」とおっしゃってくださいました。

 さらに、お定飯に出かけようとする(ぼうもり)を見て、「女性のお坊さんもいるのですね。すごい!」と驚かれました。理由は「女性にしか分からない悩みや相談事もあるでしょう?だから女性のお坊さんが信徒さんのお宅を訪問することは良いことだと思います。」とのことでした。

 ところで、人が生まれながらに抱える根本的な苦しみを、お釈迦さまは「生、老、病、死」の四つの苦しみがあると説かれ、「生まれてくること、生きること」自体が苦であると見つめられました。人生における苦しみや悩みは、私たちが生きている限り完全に無くなることはないと知らされるとき、苦しみの根源である煩悩を捨てさせ、私たちを心おだやかな悟りの境地に導こうと、日夜はたらき続ける阿弥陀如来のお慈悲の心が一層あたたかく感じられ、「南無阿弥陀仏(阿弥陀さまありがとう)」と、手を合わさずにはおられません。

悩みや苦しみの形は様々でも、みんなそれぞれに抱えながら生きている。それはお坊さんも一緒です。仏法を拠りどころに、お互いに支えあって生きていきましょう。合掌


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