ことばの壁を乗り越えて

 私が日系ブラジル人である相馬ファミリーと初めて出合ったのは、安八町保健センターで行われた予防接種の会場でした。

 日本語がほとんどわからない奥さんに付き添って来た相馬さんは、「前回、妻は一人で子供を連れて来ました。なぜ接種を断られたのか理解できずに帰ってきました。毎回私が仕事を休んで付き添って来るわけにはいきません。どうか、ポルトガル語のサポートをしてください。」と保健センターの職員にお願いしていました。日本語を話すことができる相馬さんも、予防接種の問診票を読むことは出来ず、その場で職員の質問に口答で答えて、代筆してもらっていました。
(初回は、問診票の口答質問も奥さんは理解できず、子供に微熱があったため接種を見送っていました。それらがうまく伝わっていませんでした。現在はポルトガル語の問診票を受け取っています。)
 
その場に居合わせた多くの人たちと同じように、助けを求めている相馬さんファミリーを見ても、私は気が付かないふりをして帰宅してしまいました。身近に困っている人がいたのに、私は見て見ぬふりをした…。罪悪感で胸が痛みました。

 
昨年は、イラク人医師や、ベラルーシのこどもたち、インドネシア大学の学生がたて続けに我が家に滞在していたこともあり、近所の方々から「覚成寺は国際的なお寺ですね。」と言われています。寺に集う若者の会が企画した「アフガニスタン報告会」や「カンボジア支援バザー」には多くの方が参加・協力してくださいました。「出来ることからはじめよう」と、日頃から言っているのに、私は身近に存在する国際トラブルには知らん顔をしてしまった。
 
「名前も連絡先も知らない相手だし、ポルトガル語もわからないのだから助けようが無いじゃないか!」と、自分に言い聞かせてみても、罪悪感は消えません。苦しくて夫に相談しました。「私たちに出来ることからやってみよう!」と夫にはげまされ、「ポルトガル語入門」のテキスト例文を丸写ししながら、自己紹介の手紙を書き、安八町保健センターの方に仲介をしていただき、やっと再会することができました。

 
ポルトガル語についても、日系ブラジル人の方々についても、全く知識がなかったので、たくさんの方々に電話で相談にのってもらいました。スイトピアセンターに行けば、通訳の方がいて相談にものってくださると聞いて、やっと目の前が明るくなりました。
 
自分に語学力がなく、知識もないから国際的な人助けは出来ないと、私は思い込んでいました。そして、それを言い訳にしていました。でも、通訳の方に相談にのってもらい、役場の方々に助けを求めることで、少しずつ解決できる事もあるのだとしりました。
 
「身近な国際ボランティアをはじめよう!」なんて、自分で力んでいましたが、今気が付けば、「私と相馬ファミリーは友達になった。」というだけの事でした。一緒に出かけたり、こども同士が仲良く遊ぶのをながめたり、楽しい思い出が増えました。
 
もし、誰かが近くで困っていたら、その人が手話で話していても、アラビア語で話していても、「どうかしましたか?」って日本語でいいから話しかけてみるつもりです。

覚成寺 大平ゆう子

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